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R30.HISEISAN

人生って、「非生産」なコトで楽しくなる。

めちゃイケを毎週録画して見てる人からみた、最近のめちゃイケへの絶望やら炎上やら希望。

ネットでよく見かける「めちゃイケ終われ」の文字が悲しい。
そんなにこの番組終わらせたいのかね。その次に出てくる番組に期待もなんも持っちゃないだろうに。


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ここ最近のめちゃイケはなぜかしょっちゅう批判を喰らう。
素人の三中を5年間面倒みて、それでも芽が出なくて、自分から「芸人になる」と言ってきたので彼との関係をいちどリセットしたらやれ叩かれる。

番組の命題でもある「攻めるお笑い番組」のポリシーを取り戻そうと、これまでにないドッキリを仕掛けてみたらタレントがマジギレ。しかもその一部始終を番組で放送するというハラハラでワクワクな番組につくりあげても、まぁ叩かれる。

2005年あたりから毎週録画して、面白い回もつまんない回も見てきた自分からすると、めちゃイケという番組は常に叩かれながらもそれに対抗したり迎合したり乗っかってみたりしながら20年を乗りきってきた番組だ。視聴率も全盛期の勢いこそ無いが、他の妥協したバラエティ番組ほど低い数値でもない。
今も自分のような一定数のファンはいるし、フジテレビがそう単純にこの番組を終わらせることは無いようにも思う。

とはいえ、この番組ってつまんない回は本当に死ぬほど退屈。ガリタ食堂は回を重ねるごとに妥協回としての空気がみなぎっていたし、めちゃギントンとかミニコーナーとかゲスト呼んでイジるコーナーの寄せ集めで1時間しのぐ回も多い。そういう時はだまって早送りしてる。

ただ、山本がいなくなる前くらいはかなり制作姿勢としてかなり「勢い」があった。
濱口ダマシも予算と時間をかけた壮大にくだらない企画だったし(今やるのはムリだろうけど)、単発回でもけっこう攻めてる回があって、岡村のフライデー事件を逆手に取った「謝罪行脚」の回、矢部がかつての恋人「ひとみちゃん」にフラレたネタも逆手に取った「プロポーズ(失敗)大作戦」、はたまたレギュラーの雛形あきこが3月3日の放送で文字通り「お雛さま」となってやりたい放題をつくす回…など、短いスパンで1回のみの新鮮な企画をバシバシ放送していた時期がある。

自分はその頃の「攻めてる」勢いや、日本のテレビ界を代表する放送作家陣が練りあげた「完璧な台本」にとても魅力を感じていた。
めちゃイケの企画を「ヤラセ」と罵るのは本当に「いまさら」な話で、こういった企画モノはすべて完璧な台本と仕込み、そして徹底した演出でできあがっている。
それがこの番組の真骨頂だったし、よく名前を聞く「芸能界のドン」こと総合演出・片岡飛鳥の作りあげた世界観なのだ。

ここ昨今。時代が移ろい、以前のような時間のかかる企画をポンポンと捻出できなくなってきた番組側の事情が汲み取れる。
ともなると過去の人気企画(学力テストものやオファー企画)に頼らざるを得なくなり、既視感が見る人に「飽き」をもたらす。
「攻める企画」が生まれなくなってきたのだ。新しいコンテンツが生まれないとブレイクスルーを起こす機会も減り、視聴者は少しづつ失われていく。
それが今のめちゃイケが置かれている状況だと思う。

しかし、ここ数回のめちゃイケを見ると、制作陣は今もしっかりと「もがいている」ようにも感じる。

例えば三中の再オーディション企画。「出演者のコストカット推進企画」なんて揶揄もされていたし、自分も三中氏の今後など別段興味はなかった。

ただ、三中がオーディション不合格となった後の最後の出演となった回には、自分が昔感じていた「めちゃイケの(勢いがある頃の)空気」が流れていたように感じた。
三中はスタッフが作りあげた台本に忠実に従ってキレキャラを演じ、岡村はじめ出演者がイジられていく。
やってる事はしょーもないのだが、三中の素人丸出しなキャラクターを逆手にとった台本演出と、みちのくプロレスという彼には縁深い要素をうまく企画に当て込め、三中の卒業回をうまい具合にコントに仕立て上げていた。
長いことめちゃイケを見ていた人なら共感してもらえるんじゃないか。三中の卒業回は久々にめちゃイケらしい、捻りのある回だった。

そしてつい先週。哀川翔がマジギレした事がネットで盛り上がった、「スター(見えない)どっきりマル秘報告」の回。
過去にもタレント相手のドッキリ企画があった。事前にドッキリを仕掛けることをタレントにネタばらししておいて、相手がどんなドッキリに「仕込む」のかを楽しむ企画。これはこれで他の番組にはない捻った企画だと感じていた。

今回のドッキリは「どういうリアクションを取るかが『見えない』タレントにドッキリを仕掛ける」というもの。ドッキリは良くてケーキ爆発ぐらいの中規模なものだったが、それによってリアクションが「見えなかった」タレントの1人、哀川翔はカメラ前でブチギレするという結果に終わる。
(それをノーカットで放送させてくれる男気がもっと買われてもいいと思うのだが…)

台本こそないものの、既存のドッキリ概念にさらに捻りを加えた企画はめちゃイケらしいと思ったし、安パイなタレントに留めずにコワモテ系をターゲットにした所は「攻め」の姿勢を感じる。問題が起きたのにさらにそれを放送しようとするなんて、かなり「攻め」てる。
炎上上等。ネットの話題づくりにもってこい。そんな算段も見え隠れするが、これもまた昔のめちゃイケの空気が戻ってきたように感じるのだ。

今のめちゃイケがトータルで面白いかというと、自分はノーである。ほんの1ヶ月前くらいの番組は本当にヒドい回が多くて、打ち切りのウワサを信じかけていた。
だが、スタッフはまだ番組に「諦めていない」ことを直近2回の放送で勝手に感じとった。

繰り返すが、めちゃイケの良さは「捻りのある企画」「完璧な台本と仕込み」「徹底した演出」にある。
時間も金も掛けられないであろう今の状況で、めちゃイケがどれだけめちゃイケらしさを思い出し、また追求し続ける事ができるかどうかが
傾きかけた船をふたたび軌道に乗せる、最後の手段ではないだろうか。

視聴者の自分も、まだバラエティに面白さを諦めたくない。めちゃイケ、終わるな。